警察官の泣ける話/北芝健

CONTENTS

北芝 健　著

平凡で地道な仕事に汗をかき、普通の人と同じように仕事のやりがい、上司、部下の関係、同期との友情、恋と愛、家族のことで悩む。
正義感と使命感と人間味－日本人の失ったものがここにある。珠玉の短編集。

目次

• 4　娶妻願
• 14　のし袋
• 28　冷蔵庫いっぱいのスイーツ
• 38　風変わりな相棒
• 52　お礼参り・煮魚
• 58　お礼参り・花嫁の父
• 66　爆弾としじみ汁
• 75　憧れの上肢
• 87　罪を憎んで、人を憎まず
• 97　火遊び
• 118　生キテレバ
• 131　おばあちゃん
• 152　バント職人
• あとがき

警察という組織には「事実調査」という普通の企業にはない隠れた制度がある。この制度は警察庁及び各県警によって程度の差があるが、警察官のプライベートでの男女関係、特に結婚しようとする相手を調査するもので、簡単に言ってしまえば、結婚には上司の許可が必要だというものだ。
かつては「娶妻願（しゅさいねがい）」と呼ばれていて、結婚はもちろん男女間での交際ですら上司に報告が必要だった。相手の家族に前科者がいたり、闇社会と関わりがあるような職業についている者がいたりする場合は好ましくないと報告される。相手が日本国籍ではない場合、日本と敵対関係にあるような国家であったり、日本と対立関係にあるような組織に関わりがあったりすると交際や結婚は許可されない。それを無視して結婚しようものなら、いわゆる報復人事が待っている。閑職に「島流し」にされたり、最悪の場合では服務規定違反で免職される慣習が残っているところも広い日本警察の中にはあるようだ。
この制度については世間でもたびたび取り上げられ、憲法違反であり人権侵害だという意見と、警察という組織の特殊性を考慮すれば必要であるという意見で対立議論されている。しかし、人が人を好きになるのに、その人の背後関係まで考えて理性的に恋に落ちようというのは無理な話だ。
昨年、北東北の奥まった地域の町から出てきて警視庁に入庁したばかりの高本巡査が、ある日、上司の三浦警部補に結婚したい人がいると報告した。――

（本文　娶妻願より）